2011年08月14日

山里便り〜仲間して〜【上宝】

はじめまして
大阪出身の舎川正美(とねがわまさみ)です。 
本年4月21日より高山市上宝・温泉郷地域に、
「集落支援員」として着任しました。

都会産まれの都会育ちの私が、
岐阜県高山市の、まさしく山奥に住み始めました。 

上宝A(撮影:嶋道まどか).jpg

高山市は、岐阜県のいちばん北の端。
特に私が住んでいる上宝町は、高山市に降りるのも
富山市内に行くのも殆ど変わらない、本当に端っこです。

限界集落に近いだけあって、
「嫁をもらう時にはこの峠道を登って来てはいけない。」
(ここまで酷い山奥かと嘆かれる)と言われるほど、
険しい峠を通り、高山市内から1時間程かかります。

その代わり、家のそばからは穂高連峰を望め、
晴れた夜には降るような星空。
初夏には、見た事もない数の蛍の乱舞を見られ、
名古屋からも来られる距離です。

CIMG1455.jpg


普段の活動では、5つの決まった集落で、集落全体の草刈りや
個人的に頼まれた雑用をお手伝いしています。


始めての依頼。
葛山という集落から、「道普請」をお願いするといわれました。

行ってみると、春が来て雪の中にあった落ち葉や
杉の花が落ちたものなどで、道が一杯になっているのを、
農機具を使ってかき集め、最後に重機でさらって
山に落としていく作業でした。

車が頻繁に通る県道などは、自然に掃除されるのですが、
集落の人達のみが使う道は苔も生え、見よう見まねで削っていくと、
振り向けば、広くて綺麗な道になって行くのです。

簡単なようでも、日陰で湿った葉は重く、
溝に落ちた葉を掻き出すのは結構な重労働。

聞けば集落で1番若く、重機を操れる
唯一50代の男性の仕事が休みで、この日に行われたとか。

この道普請をはじめ「集落を維持してゆくこと」
というのを身を以て体感し、生きる力を、
都会に住む意味を考えさせられる日々です。


報告:集落支援員(上宝町) 舎川正美



posted by ソムニード at 15:40| ムンバイ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山里便り〜仲間して〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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